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神戸地方裁判所 平成7年(ヨ)269号 決定

債権者

本郷伸治

中西達男

右両名代理人弁護士

上原康夫

竹下政行

債務者

三州海陸運輸株式会社

右代表者代表取締役

渡辺克己

右代理人弁護士

小越芳保

津久井進

主文

一  債権者らが債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は

1  債権者本郷伸治に対し、平成七年八月から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一〇日限り一か月金四一万〇九八二円を

2  債権者中西達男に対し、平成七年八月から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一〇日限り一か月金四一万〇〇〇五円を

それぞれ仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立をいずれも却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一本件申立

一  主文第一項と同旨

二  債務者は

1  債権者本郷伸治(以下、「債権者本郷」という)に対し、一九九五年七月一日から本案判決確定に至るまで毎月一〇日限り一か月金四一万〇九八二円を

2  債権者中西達男(以下、「債権者中西」という)に対し、一九九五年七月一日から本案判決確定に至るまで毎月一〇日限り一か月金四一万〇〇〇五円を

それぞれ仮に支払え。

第二事案の概要

一  当事者間で争いのない事実、一件記録及び審尋の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

債務者は、一般貨物運送業等を目的とする、資本金五〇〇万円、発行済み株式総数一万株の株式会社であり、主として申立外ミヨシ物流株式会社(以下、「ミヨシ物流」という)の下請けとして、申立外ミヨシ油脂株式会社神戸工場で製造された食油を食品メーカーや問屋まで運搬すること等を業としている。債権者本郷は平成三年九月一七日、同中西は同六年一一月一八日、債務者に正社員として入社し、以後、いずれもトラック運転手として勤務してきた。同七年三月から同年五月までの月の平均給与として、債権者本郷は四一万〇九八二円、同中西は四一万〇〇〇五円を債務者から支給されていたものであり、毎月一〇日に前月分の給与の支給を受けていた。債権者らは、同五年三月一八日に結成された全日本建設連帯運輸労働組合関西地区生コン支部(以下、「組合」という)三州海陸運輸分会(以下「分会」という)の分会員である。組合は、個人加盟の単位労働組合である。

組合と債務者は、同五年三月二五日「債務者は、組合員に影響を与える身分・賃金・労働諸条件等の変更について、組合と事前に交渉し、労使合意の上で円満におこなうことを誓約する」との条項(以下、「本件条項」という)を含む労働協約(〈証拠略〉)を締結した。

債務者は、同七年五月二九日、債権者らを含む全従業員に対し、組合との合意がないまま、「〈1〉 本年五月末日に営業を停止する。〈2〉 債務者は同年六月末日をもって債権者らを含む全従業員を解雇する」旨通告した(以下、「本件解雇」という)。債権者らを含む全従業員は、同年六月三〇日債務者に対し、債務者所有のトラックの鍵全部を返還した。債務者は、同日、全従業員に対し、退職金の支払いを提供したところ、債権者らを除く他の従業員はこれを受領したが、債権者らは受領を拒んだ。

債務者は、同年七月一日から債権者らが労働契約上の権利を有する地位にあることを否認し、その就労を拒んでいる。

二  債務者の主張

1  本件解雇は、労働基準法二〇条に基づき、同条の手続に則ったものであるから、適法、有効である。

2  本件解雇は、債務者の廃業に伴うものであるから、本件条項の適用の余地はなく、また、不当労働行為にも該当しない。

3  債権者らが主張する保全の必要性については、争う。

三  債権者らの主張

1  本件解雇は、本件条項に違反するものであり、違法、無効である。

2  債務者は、分会をつぶすことを目的として本件解雇に及んだものであるから、本件解雇は、不当労働行為に該当し、この点からも無効である。

3  債権者らは、債務者から支給されていた給与により生計を立てていたものであること等から、保全の必要性は肯定される。

四  本件の主な争点は、本件解雇の効力ということになる。

第三当裁判所の判断

一  本件解雇に至るまでの経緯等について、第二の一で認定した事実、一件記録及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

債務者は、昭和四六年七月二七日に現在の代表者の父親である申立外渡辺正博(大正一三年一〇月一四日生、以下、「正博」という)により設立されたものである。正博は、平成二年四月ころ債務者の経営を現代表者に譲り、同年一二月から同五年四月までミヨシ物流の社長の地位に就いていたが、同六年三月債務者の取締役に就任し、現在に至る。債務者は、本件解雇の当時、トラック一二台を所有し、一三名のトラック運転手を雇用していた。債務者の現在の取締役には現代表者、正博の外に現代表者の妻が就任しており、監査役は正博の妻である。債務者の株式の大部分は、正博が所有し、他に現代表者及びその妻、正博の妻が少しずつ所有している。

債務者の経営は、平成四年ころまでは順調に推移した。債務者の現代表者、正博及びその妻は、阪神大震災の直後である同七年二月末ころから債務者を廃業することを考え始めた。債務者の現代表者は、同年三月初旬、行方不明になり、その後正博が債務者の経営に当たっている。

正博は、同年五月一〇日組合の執行委員長に対し、債務者において赤字が継続しているので債務者を閉鎖したい旨の通告をしたが、組合は、これに納得しなかった。正博は、同月二九日、債務者の営業を停止し、退職金を債務者における退職金規程より若干上積みして支給したうえ、従業員を同年六月末日に全員解雇する旨通告したところ、債権者らは、これに納得せず、債務者に対して一年分の生活費として一律五〇〇万円を支払うこと等の要求をした。正博は、債権者らに対し、これに対する回答を同年六月一〇日にすることを約束したが、右の債権者の案を十分に検討することなく、同日、債権者らに対し、右の要求には応じられない旨回答した。正博は、同月二一日ころ組合の副執行委員長と解決金等の交渉にあたったが、決裂した。さらに組合は、同月二七日正博に対し交渉を申し入れたが、正博はこれを拒否した。

正博は、同月二八日債務者の全従業員らに対し、「〈1〉 債務者を六月末日で全面的に廃業とする。〈2〉 従業員らの退職金は、債務者の退職金規定により算出される額に一律二〇万円を付加して同月末日に支払う。〈3〉 六月分の給与及び一律三〇万円の夏季賞与を同年七月一〇日に支払う」ことを表明した。債務者の従業員らは、同年六月三〇日債務者の所有するトラックの鍵を正博に交付し、債権者らを除く者は、前記〈2〉の退職金の支給を受けた。さらに債権者らを含めた債務者の全従業員らは、同年七月一〇日債務者から前記〈3〉の給与及び賞与を受領した。

二  本件解雇の効力について、検討する。

1  既に認定したとおり、債権者らが属する組合と債務者との間では、本件条項が合意されているところ、債権者ら組合員に対する解雇が、同条項所定の「組合員に影響を与える身分・賃金・労働諸条件等の変更」に該当することが明らかであるのに対し、本件解雇は、同条項所定の「労使合意」を欠いたまま通告されたものである。

債務者は、「本件条項は、債務者が継続して存続する場合のみに関するものであるのに対し、本件解雇は、債務者の営業の廃止に伴うものであるから、本件条項の適用の余地がない」旨主張する。なるほど、債務者には営業の自由の一環として営業を廃止する自由が憲法上保障されているものであり、また、一で認定した事実によると、本件解雇は、債務者の全従業員を対象にしていること、債務者は、平成七年五月一〇日組合に対し、債務者を廃業する旨告げ、同年六月三〇日トラックを売却するためと称して債務者の従業員らから鍵の交付を受けたことが認められる。しかしながら、本件条項が合意された趣旨は、憲法上保障された労働者の権利の具体化として、組合員の身分保障を目的としていることが明らかであるから、「本件条項は、当該解雇が債務者における営業を廃止することに伴う組合員全員を対象としている場合には一律に適用の余地がない」と解することは当を得ないものである。実際、一で認定したとおり、債務者においても、本件解雇に関して、本件条項所定の組合との間の「協議」を全く無視したわけではないのである。したがって、債務者の前記主張は採用しない。

2  もっとも、既に説示した債務者の廃業の自由を尊重すべき見地から、債務者の廃業に伴う全従業員を対象とした解雇において、本件条項所定の「労使合意」を欠いている場合であっても、債務者において、〈1〉 廃業を決意することの合理性が客観的に認められ、かつ、〈2〉 このことを同条項所定の組合との「協議」の場で誠意をもって説明をした場合には、当該解雇が法律上有効であると解するのが相当である。

そこで検討するに、本件記録を精査しても、「債務者は、組合に対し、廃業を決意した理由を誠意をもって説明した」という事実を認めるに足りる疎明資料はない。かえって、一で認定した事実、一件記録及び審尋の全趣旨によると、正博は、平成七年五月一〇日組合の執行委員長に対し、債務者において赤字が連続しているので債務者を閉鎖したい旨告げたのに対し、同委員長は、債務者の経理が赤字である筈がない旨告げたこと、同月二九日債務者は、債権者らに対し、全従業員の解雇等を通告したので、債権者らはこれを受け入れるための条件を示したのに対し、債務者は、これを十分検討することなく、同年六月一〇日債権者らに対し拒否する旨伝えたこと、債務者は、組合に対し、その経理において赤字であることが記載されている同年一月から同年三月までの月別の債務者における収入、支出及び収支を記載したメモを交付したにすぎず、商業帳簿等の開示を一切していないこと、債務者は、同月二一日に組合との交渉の席についたものの、これが決裂した後、同月二七日組合からの交渉の申入れを一方的に拒否したことが認められる。右の諸事情を総合すると、債務者は、組合に対し、廃業を決意した理由等を未だ誠意をもって説明していないというべきである。

以上によると、債務者において廃業を決意することの合理性が客観的に認められるか否かについて検討するまでもなく、本件解雇は本件条項に違反するものである。

3  してみれば、本件解雇は、これが不当労働行為に該当するかどうかについて検討するまでもなく、違法、無効であると認められる。

三  次に、保全の必要性について、検討する。

1  債権者本郷について

既に認定したとおり、債務者は、同債権者に対し、解雇の意思表示をして、同債権者が債務者との間の労働契約上の権利を有する地位にあることを否認しその就労を拒否しているものであるところ、一件記録及び審尋の全趣旨によれば、同債権者に対し、社会保険の適用を受けさせる必要があること等の事情が認められるから、右の地位を保全しておく必要性が認められる。

さらに第二の一で認定した事実、(証拠略)及び審尋の全趣旨によると、同債権者は、阪神大震災の後、仮設住宅で内縁の妻と供に生活していること、その家計における収入の中心は、同債権者が債務者から支給を受けていた給与であったこと、同債権者は離婚前の配偶者との間の約束により、二人の娘の学費の一部を負担していること、平成七年三月から同年五月までの月の平均給与として、同債権者は四一万〇九八二円を債務者から支給されていたものであり、毎月一〇日に前月分の給与の支給を受けていたが、同年七月分以降の給与の支給を受けていないことが認められる。右の事実を総合すると、同債権者が陥るであろう生活苦を救済するために、同債権者における賃金の仮払いの申立を認めるべき保全の必要性を肯定できる(なお、同債権者の生活苦からの救済は、本案の第一審の仮執行宣言付判決により可能になるから、この点に関する保全の必要性は、主文第二項の限度で肯定される)。

2  債権者中西について

既に認定したとおり、債務者は、同債権者に対し、解雇の意思表示をして、同債権者が債務者との間の労働契約上の権利を有する地位にあることを否認しその就労を拒否しているものであるところ、一件記録及び審尋の全趣旨によれば、同債権者に対し、社会保険の適用を受けさせる必要があること等の事情が認められるから、右の地位を保全しておく必要性が認められる。

さらに第二の一で認定した事実、(証拠略)及び審尋の全趣旨によると、同債権者は、独身で年金生活者である両親と同居して共に生活していること、その家計における収入の中心は、同債権者が債務者から支給を受けていた給与であったこと、平成七年三月から同年五月までの月の平均給与として、同債権者は四一万〇〇〇五円を債務者から支給されていたものであり、毎月一〇日に前月分の給与の支給を受けていたが、同年七月分以降の給与の支給を受けていないことが認められる。右の事実を総合すると、同債権者が陥るであろう生活苦を救済するために、同債権者の賃金の仮払いの申立を認めるべき保全の必要性を肯定できる(なお、同債権者の生活苦からの救済は、本案の第一審の仮執行宣言付判決により可能になるから、この点に関する保全の必要性は、主文第二項の限度で肯定される)。

四  以上の認定説示によると、債権者らの本件申立は、主文第一、第二項の限度で正当であり、その余はいずれも失当である。

よって、本件の性質等に鑑み、担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 鹿島久義)

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